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今日、私の車が追突されました笑 駐車場に停めて旅立ったんですが、帰ってきたらバンパーの塗装が一部はげてました。。そして私の車にぶつけたという人が私の帰りを待っててくれたんですね!!で、「ぶつけました;;修理してください!これ連絡先です!!」と連絡先が書かれた一枚の紙をくれました。

本当にショボイ傷だったのに、その人はきちんと私を待って、連絡先を自分から教えてくれました。実際当たり前のことだけど、なかなかそこまでしてくれる人はいないと思います。みんながそうしてくれたなら、私もそれが当たり前だと受け取れたと思うんだけどね…。

でも、私にはその人が凄い人に見えたんですよ。私が「ペンキ塗るくらいの傷ですかね?」って尋ねたら、その人に「そうかもしれませんが、ちゃんと修理に出してくださいね」と念を押されました笑

 

最近は、身内の“お金が絡む”話でたくさんもめてて、もうお金にうんざりだったんですよ。それに肉親に対する情ってのがほとほとつきかけてて、なんでも面倒臭いって方向にはしってましたw だから、その人がお金とかじゃなくて、『自分が許せない』って雰囲気だったり、私の車を気遣ってくれるような言葉だったりにすごく、多分今じゃなかったらそんなにではないかもしれないけど、感動してしまって。私の中で、人はそれぞれだし、こういう人もいるんだ、って思えたことが何よりの収穫だったのかな。

実は私もぶつけたことあるんで、ぶつけた瞬間体中から血の気が引く感覚は忘れられません。。「“私”がやってしまった。どうしよう。知り合いに見られていないだろうか?!この車の持ち主はどんなことを言ってくるだろう!!なるべく酷くなければいいのに…。」って殆ど自分の保身を考えてました。あれを味わってなお、その人は私の車を気遣ってくれたわけです。本当に、凄いな、と思います。

 

お金は今の時代無くてはならないモノだけど、やっぱり人と人との関わりほど自分の身になるモノはないですよ。お金で解決できる事は多いけど、お金で解決出来てしまうモノほど『薄っぺらい』モノは無いと思うんです。

負ってしまった傷が完璧に消えるのには時間が恐ろしいほどかかるし、一生消えない傷だってある。それとお金とは、全く別のもの。お金をもらったところで傷は癒えやしない。心の隙間なら埋められるけど、それは傷を忘れようとすること。残ってしまった傷を、塗りこめただけ。

今ってのは、負わせた傷をお金で補完しようとするから無理が出てるんじゃないかなって思う。所詮代替品でしかないのに、本当に意味のあるものとして“お金”を崇拝してしまってる。そうなってしまった以上、変えるのは困難だけどね。

 

だから、たまにお金ではないもので感謝や謝罪を受け取ると、ちょっと温かくなりますね。少し世の中を見つめなおしてみようかって。たくさんのいいことも私が見逃してるだけなのかなって。

“お金”と“気持ち”、どっちが重いですか?

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